スリランカの旅の写真日記


1997年11月20日から27日まで名古屋の紅茶屋のAさんと3人でスリランカを旅行してきました。今回は出発の数日前に突然旅行を決めたので、18日までダージリン・オータムナルのテイスティングに追われ、準備もあわただしく出発しました。



11月20日 福岡空港でエアランカに乗り込むと日本人でほぼ満席だ。なんとなくスパイシーな匂いがする。乗員は意外と男性が多い。料理はスリランカ味であまり好きではない。紅茶は美味しくはないが、濃いので許せる味。
コロンボで入国審査を受けてドアを開けるとそのまま外で、税関の審査がなかった。気温はやはり高い。旅行社の社長が迎えに来てくれていた。コロンボの紅茶会社テロンのLさんも出迎えに来ていた。tasteaの名刺を見せると何故か秘書と二人でうけている。ハイエースで市内へ向かう。道路は検問しやすいように柵を設けて直進できないようになっている。今夜はゴールフェイスホテルと言う1864年にできたホテルに泊まる。ホテルで6人でお茶を飲む。ホテル内は旧植民地という雰囲気がここかしこに残っている。チップは10ルピーと言われ、少し両替してもらう。



11月21日 朝から良い天気で暑い。テロンとう言う紅茶会社に行く。テロンはQualiteaと言う会社の中に入っていた。それで昨夜tasteaが受けた訳がわかった。どちらも綴りの最後のtyをもじってteaにしているからだ。2階のテイスティングルームに案内され試飲する。OPとも言えないような京番茶のように葉の大きい紅茶もあり驚く。輸出先によってそういうお茶が安いので好まれるのだそうだ。事務所のパソコンをのぞくと自社のホームページを表示していた。1階のオフィスに戻ると日本から雑貨商のバイヤーが来ていた。
午後からはランファーと言う紅茶会社に行く。ここでの商談はラグジュアリーとティープラッカーと言うブレンドティーについてだ。ここでブレンドについて色々尋ねる。相手はこちらを小馬鹿にしているので「どうせ教えても自分ではできっこない」とたかをくくって、色々教えてくれる。テイスティングルームではロシアの女性バイヤーがテイスティングしていた。「しっかり勉強して良いティーテイスターになりなさい。」などと言われる。今までの木製のチェストに替えて真空パックやアルミのパッケージの試験もしていた。
ホテルでジャガリーアイスクリームを食べる。これはすごくいける。ジャガリーは椰子の花の蜜を固めた未精製の砂糖でスリランカ人の好物だ。ちょっとべとべとした黒砂糖と言った感じだ。



11月22日 朝から良い天気で暑い。
ミルコ(ミルク・インダストリー・オブ・ランカ)と言う会社に行く。この会社はウバでハイランドミルクと言う全粉乳を作っている。ミルクティーのもとだ。アイスクリームとミルクティーをご馳走になった。アイスクリームはちょっと乳臭くて、昔のアイスの味だ。ミルクティーは余りにも甘すぎて残してしまった。工場の庭の花が美しい。
今夜はマウントラビニアと言うリゾートホテルに泊まる。マウントラビニアホテルは美しいホテルだ。着替えてプライベートビーチに行きのんびりする。スリランカの海辺はすぐに深くなっているので泳げない。スリランカはたいていどこでも英語が通じるが訛りがひどいので何度も聞き返してしまう。スリランカ人同士で英語で話していると何語かさっぱりわからない。スリランカの中年以上の男性は身長が160〜165cm程度だ。女の人はもっと小柄だ。小顔だが、ウェストはすごく太い。
国立紅茶研究所の前所長と右腕のテイスターの人と会う。二人ともなんとなく狸おやじっぽい。紅茶の保管方法とか色々質問する。国立紅茶研究所の附属茶園のお茶が欲しかったのだが、年中良いお茶が採れるからとロイノーンと言う茶園を見学することを強く勧められる。



11月23日 今日は強行軍でヌワラエリヤに行く。ヌワラエリアは先週の25年ぶりの大雨で道路が崩れて通行止めになっているところもあるらしい。ちゃんとたどり着けるのだろうか?
コロンボの市街を外れて、だんだん田舎道になっている。これから高地へ行く。上り道の途中で所々道が崩れていて、目印が立っている。棚田が見える。
ニードウッドと言う無農薬有機栽培の茶園に着く。ここはスリランカで唯一海外の公的機関からオーガニック・ティーの証明書を与えられている茶園だ。所有者のデンジルさんは国から農業賞をもらっている。牛を飼っていて牛糞と雑草で、堆肥を作りそれを肥料にしている。遮光ネットをめぐらして挿し木で苗を作っていたが、肥料のせいで、葉が手のひらほどの大きさになっていた。茶園の中に所々コーヒーの木が立っている。そう言えば、スリランカは始めコーヒーのプランテーションが作られたのだが、病気でほとんど枯れてしまい、紅茶に切り替えたので、その名残かと思った。奥さんと女中の手作りの昼食をご馳走になる。スリランカ料理の中では大変美味しい方だった。
田舎のホテルに泊まる。久しぶりにテレビがあるのでつけるとお手軽なアクション・ドラマをやっていた。レストランで支配人がはめている指輪を誉め、しきりに宝石を買わないかと勧める。



11月24日 ヌワラエリヤの風景は美しい。お天気も良い。のんびり遊びに行くのは良さそうだ。所々に滝が出来ている。峠の滝見茶屋と言った感じのセント・クレアと言うティーハウスに寄る。
ウバ・ハイランドと言う有名茶園に行く。マネージャーは背が高くモハメド・アリに似ていて自分が就任して以来収量が上がったのをしめすチャートを掲げている。テイスティングをする。どうも工場長と言う感じのNo.2の方がマネージャーよりテイスティングの実力は上らしい。
今夜はヒルクラブに泊まる。ヒルクラブは植民地時代の紳士のクラブの面影を色濃く残している。なかなか予約がとれないそうだ。外観とロビーは古めかしいが、客室はこぎれいだ。バスルームも明るくて清潔だ。夕食には男性はジャケットとネクタイ着用とのことで、借りてメンズバーでビールを飲んでいた。女人禁制なので仕方なく、ラウンジで待つ。食後のお茶は別室で飲む。葉はBOPFで味はたいしたことがない。寒気がしてきたので、先に部屋に戻り、ヒーターをつけフリースを着込んで寝る。そのうち、ボーイが湯たんぽを持ってきてくれた。


11月25日 今日はディコヤのロイノーン茶園に行く。途中、ディンブラで名前を聞いたことのある茶園の前をいくつか通りすぎる。行けども行けども着かない。途中茶摘みをしている畑で写真を撮る。茶摘み女はサリーが擦り切れないように厚手のグラウンドシート地のようなビニールを腰に巻いている。
道は狭いし稜線に沿って曲がりくねっている。どんな狭い谷でも橋を架けて対岸に渡すと言うことはしない。看板によるとロイノーン社には茶園が4つあるらしい。広大な茶園の中に入ると道は石だらけのダートで益々悪くなる。茶園の中に部落と言うか茶摘み人のコミュニティーができていて古ぼけた商店街もある。道に迷って通行人に聞くと「谷の下で歩いてすぐだ」と言う。車がUターンできる所までかなり戻らないといけないので、急斜面を歩いて降りる。
ファクトリーに着くと大雨が降ってきた。マネージャーはびっくりするほど若くて背が高くてハンサムだ。テイスティングしてみると時期の割にはBOPFはなかなか良い。この工場は3つの茶園のお茶を製茶していて1日に7トン生産している。ゲストブックにサインすると記念すべき二人目の日本女性だった。日本に戻って茶園地図を見るとここはディコヤでも一番奥でここから先は山岳地帯だ。本当に地の果てまで行ったのだ。
雨の夜道を飛ばしてコロンボに戻り、ゴールフェイスホテルに泊まる。


11月26日 今朝はしっかり荷造りをする。ロビーでMさんと言うタイーガー・ウッズ似の若くて背が高くハンサムな茶商と商談をしていると、Lさんが来る。チェックアウトを済ませてベルボーイの大将みたいなおじさんと一緒に写真を撮ってもらう。
お土産を買いにランカ・オベロイと言う帝国ホテル並みの立派なホテルに行く。オベロイで紅茶を飲む。茶葉が瓶に入れられていてどれにするか選ぶのだが、案の定酸化していて美味しくない。
空港に行き、手荷物の検査を受ける。うんざりするほど念入りに調べられた。チェックインはコンピューターが不調で時間がかかる。とうとうグランドホステスが奥に行って取ってきてくれた。空港の中のトイレはチップが必要なので、仕方なく1ドル渡す。深夜搭乗する。



11月27日 機内食も重なると飽きてスパイスの匂いばかり鼻につき、つっつくだけになる。成田に着いて降りる人、これからコロンボに行くために乗る人の入れ替えがある。一度全員が降ろされる。福岡空港までの間にまた機内食が出て驚く。自宅に食べ物が無いので、近所の居酒屋割烹に行き、妻はビールと刺し身や煮魚、焼き茄子、夫はメニューに無い野菜雑炊を頼む。こんなに和食がなつかしく美味しく感じられたことはかつて無かった。スリランカの人には悪いが、料理はほとんど口に合わなかった。スパイスの使い方はカルカッタのカレーの方が激辛だが癖が無い。ダージリンのネパール風味と比較すると、魚が生臭い分だけ分が悪い。紅茶は日本では高級感があるせいかダージリンが人気だが、セイロンのディンブラなど値段も手ごろだし比較的香りも良いし水色は明るい茶色で美しい。もっと評価されても良いと思う。

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