アッサムへの旅

2000年6月14日から20日までインドに行ってきました。今回の旅の目的はアッサムを知ることでした。アッサムは世界最大の紅茶の産地なのに情報が少ないし、品質が低下しているのに価格だけダージリンなみに高騰しているのが、気になったからです。インド大使館に問い合わせてみると入域許可は要らず普通のビザで行けるとの事、でもインド政府観光局にも英文の短い資料があっただけでした。
 日本語で書かれている本は疑問ばかりです。車窓からエンエンと続く茶畑の眺めは終わることを知らないとか、水田の中に茶畑が点在しているとか、アッサムには許可が無いと簡単には行かれないとか、本当にここまで足を運んで書いたのでしょうか。
 Yahooのアジア版で検索したassamtourism.comでも茶園より動物園やゴルフコースがお勧めになっています。外務省の渡航安全情報ではカルカッタからオリッサ州を抜けて陸路アッサム州に入るのは紛争地帯で危険とありますし、列車の旅は時間がかかりすぎるので空路を選ぶことになります。lonely planetのガイドブックを片手にとりあえず、飛行機とホテルだけ予約をしてアッサム州最大の都市ガウハーティー(Guwahati)に向かいました。アッサム州には油田があるそうでこの町には高級ホテルも3軒あります。ティーボードもオークションセンターも大学もここにあります。蚊が多いので日本脳炎やマラリヤに注意との事で、携帯用の蚊取りや虫避けスプレーを買いこみました。(これは杞憂でしたが…。)服装も長袖や長ズボンが安心との事です。


6月14日(水)10:20名古屋空港からシンガポールに向けて旅立だった。シンガポール空港で乗換え、デリーに行く。深夜デリー空港に着くとファックスで依頼していたホテルの車が迎えに来ていた。空港の両替所で円からルピーに両替すると1ルピーが2.5円だった。1995年の時は3円くらいだったので1万円でも使いでがありそうだ。小さいお金は10ルピー札しか貰えなかった。チップ用の2ルピーや5ルピーの調達法を考えなくてはいけない。

 インドのタクシー事情はトラブルが多いと友人からも聞いていた。日本の旅行社では空港からホテルまで安全なタクシーとして大都市のタクシーを1人6,000円、2人8,000円で予約してくれるシステムがある。でも、貨幣価値が日本の1/25〜1/30のインドでは大変な金額になってしまう。そこでホテルCentuarに直接尋ねてみたところ、ホテルのプライベート・カーで迎えに来てくれるとのことだった。翌朝の空港への分とあわせて550ルピー請求された。これがとんでもない食わせ者で、ホテルの従業員が支配人の名を語り、自分の親しいタクシー運転手と組んで法外な金額を請求したみたいだ。何故なら、後で知ったことだがホテルから空港までは無料で送ってくれるシステムがあるからだ。ホテルも空港に近いホテルだったのでプリペイドタクシーに乗れば100ルピーもしなかったと思う。

6月15日(木)ホテルでイギリス風の朝食を食べた。紅茶は予想どおりあまりおいしくない。でも、コーヒーはネスカフェなので、なおさら期待できない。昨日の運転手が迎えに来て、空港に行った。空港の中に入るのは色々チェックがあるし、警官も多いので先ずは一安心。大きい荷物を預けて、小銭欲しさに土産物店をうろうろしても、ガムやキャンディーも値上がりしていて、小銭を得られそうにない。ネスティーのカウンターでチャイを飲むと1杯5ルピーなので5ルピーが得られそうだ。注文すると小さいプラスティックのカップにブルックボンドのタージマハルブランドのティーバッグとお湯と砂糖入りミルクを入れてくれる。これが飛びきり甘い。紅茶もグレードが低くおいしくない。別のところにちょっとしたカウンター形式の軽食店があったので、ここでも紅茶を注文してみると金額は3倍もするのに全く同じティーバッグがやや大きい紙コップで出てきた。ようやくセキュリティーチェックのアナウンスがあり、手荷物、身体検査を男女別に受け、待合室に入った。アナウンスはヒンズー語とヒンズー訛りの強い英語でサッパリわからないので、電光掲示を見ていなければいけない。航空券は半券を手でちぎって、はんこを押してもらう。滑走路のタラップまでトボトボ暑い中を歩いて行く。インド人は順序正しく並んだりするのは苦手なようだ。我勝ちに押し寄せるのでグランド・ホステスは1列に並ぶように何度も注意していた。

 ジェット・エアウェイズの飛行機でガウハーティーに向けて出発する。機内のアナウンスが2種類の言葉で言われいるのだが、サッパリわからないのでヒンズー語とアッサム語かと思っていたら、片方は英語だった。愛想の良いスチュワードが配る機内食は鶏のインド料理とベジタリアン用インド料理の2種類だった。本の知識に反して飛行機の窓から見えたものはまぎれも無い広大な田園地帯、水稲の田んぼと湖のように広大な川ばかりだ。”茶の木はどこ?”、”油井はどこ?”椰子の木やバナナ、ジャックフルーツの木が無ければ日本の田舎と変わらない。広大な川はブラーフマプトゥラ川と言い、ガンジス川の上流で、川幅が1.5km以上あり、対岸が霞んで見える。雨季でもありカフェオレ色の水がとうとうと流れていた。対岸へはフェリーで渡るそうだ。

空港に降り立った外国人は主人と私の二人だけだった。蒸し暑く空気がねっとりと体にまとわりつく。タラップを降りて、イミグレーションと書かれたボックスにいたおじさんにパスポートを見せ、宿泊先と出発日を告げると古ぼけたノートに書きこんでいた。それから、プリペイドタクシーでホテルまで約50分だった。道路から見えるのも水田、畑、農家ばかりです。牛もとぼとぼ歩いていた。宿泊先は政府系ホテルのブラーフマプトラ・アショクだ。ここはlonely planetのガイドブックにメールも使えるかもしれないと書いてあったので、ファックスで住所・氏名に添えてメールアドレスも書いて宿泊の申込みをしたらメールで返事が来た。料金を確認してメールで正式に申込んだ。ガウハーティの町は道がでこぼこで、道端に泥やゴミがたまっているが、失業者や物乞いを見かけず、貧民も道路工事やゴミ拾いなどで汗水たらして働いているのに未来を感じる。着いた日は休日(!!)だったので、茶業関係者とは連絡がつかず、また産地とは190kmも離れていると言う。休日とはそれまでどこにも書いていなかった。そこで、フロントのお姉さんの計らいで勤務明けのホテルの従業員ビピンさんの案内で活気に満ちた繁華街を見て回った。ガイド料も要らないと言う。ちょっとしたお礼だけ渡した。喫茶店にも入り、甘〜いチャイと半端でなく甘〜いミルクのお菓子を食べた。実は私はあまりの甘さに一口でギブアップしたので、ビピンさんは気にしていた。歯にしみるほどの甘さは神戸や東京の有名なインド料理店でもお目にかかったことがない。それから、道端で売っているグリーンマンゴとプラムをビピンさんに選んでもらってホテルで食べた。これが本当においしくて、ご機嫌だった。

 夜はホテルのレストランで食べた。夕食は7時からだ。以前カルカッタに行ったときに食べた料理とアッサム特有の魚料理を食べる。魚は白身の魚で川魚と言うのにかなり大きな切り身で甘酸っぱいトマト煮と言うことだったが、唐辛子もきいていた。私はナンなどを頼むとおまけのようについてくるジャガイモとグリーンピースのカレーが結構気に入った。タンドリ・チキンはスジがあり固かった。マサラ・クルチャは辛かったが結構いけた。9時過ぎに幼児を何人か連れた一族が来て、驚く。日本のよいこならとっくに寝る時間から晩御飯を食べるのだ。

6月16日(金)朝食はルームサービスのメニューにアッサム・ティーを見つけ、果物や、マサラ・ドーシャとともに頼む。昨夜のレストランの紅茶よりは良かった。ホットウォーターも魔法瓶で来たので夫はフリーズドライのおかゆを食べる。
 それから、親切なホテルのフロントの人たちの骨折りと、私たちの情熱が通じて紅茶関係のVIPに会っていただき、貴重な情報を得た。アッサムまでのこのこ出かける日本人は紅茶屋と言えども少数みたいだ。日本でのアッサムティーの原状を告げると驚かれ、資料を見せてもらった。今ここで全てを発表することはできないが、一つ言えるのは今の日本のアッサムティーはオークションの競り値に比べて高価すぎると言うことだ。但し茶園の本社や輸出業者の事務所はカルカッタに多くあり、そこから輸出されますから、ダージリンよりもアッサムの方が遠い産地と言うことになり、国内の輸送コストも高くなっているのも確かである。

 町から一番近い(車で片道45分)茶園を一軒紹介してもらい、見学してきた。レンガ塀で囲まれていて近くによっても茶園かどうかはわからない。Sonapur茶園の茶畑には大木が点在していて、涼しい木陰を作っていた。ダージリンの茶畑には木は無く、スリランカでも申し訳程度にしか植えられていなかった。でもアッサムでも標高の高いところでは木の本数は減るそうだ。平地にあるこの茶園では大規模な茶園ではないそうだが、見渡す限りここの茶畑で充分広大だ。木は全て挿し木苗だそうで、葉の大きいアッサム種だった。CTCを作っているここの工場はダージリンと比べると大変清潔だ。最近以前のような個性的なアッサムが少なくなりミルク無しでも飲めるマイルドなものが増えているのだが、その理由は過剰生産と施肥不足で地味が落ちているからだそうだ。また、アッサムでは最近紅茶を木箱でなく30kgずつ袋に詰め、それをジュート製のトートバッグに詰めて出荷していた。1日の生産量は2tというから、1ロットが100〜300kgのダージリンに比べると驚く量である。テイスティングもさせてもらったが、マネージャーはこの茶園は標高も低く地質も紅茶向きでないし、ピーク・クウォリティーのお茶が7月から8月末にかけてなのであまり良質の紅茶ではないと謙遜されたが、ディンブラをほうふつさせる甘味もあり飲みやすい紅茶でCTCであっても決して悪くはない。最高の茶園でとれる最盛期のアッサムは一体どんな味なのだろうかと思った。

 ところで、この茶園から町までは峠を一つ越えるのだが、ここに夜間山賊が出るそうなのだ。噂によるとバングラデシュから流入した難民が武装していて、山賊化しているので安全のために日が暮れる前に必ず町に戻ってくるようにと念を押された。この町には軍の施設も多く、小銃を持った兵隊さんを後ろに乗せた車がたくさん走っていて、ちょっと緊張する。190km先の茶園地帯まで強引に出かけなくてよかったと思った。無事にホテルに戻り庭からブラーマプトゥラ川の対岸の山に沈む夕日を見た。悠久の大地という感じがした。でも、油断をして半袖に着替えたので蚊に刺されてしまった。

 夜にアッサムのVIPが”普通のアッサム人の生活を見せてあげよう”とホテルまでスズキ・マルチのワゴン車で迎えに来てくれて自宅に招かれた。そして自慢の息子たちや親戚を紹介された。長男は高校生ぐらいだが、優秀でパソコンを自分で組立てて売ってお小遣いを稼いでいる。次男はテニスが上手らしい。三男はまだ甘えん坊の坊やだ。親戚の女の子はとってもかわいらしい。VIPの妹さんは学校の先生で息子はデリーの大学で建築を学んだらしい。インテリ一族だ。そして日中は蒸し暑いせいか皆宵っ張りだ。甘味のあるパン、とてもおいしいフライドポテト、ゆで卵のスパイス炒め、日本的な味のツナの料理の夜食をご馳走になった。インドのジャガイモは本当においしい。ツナの料理も温かいごはんにあいそうな味付けだ。有名なムガシルクの花嫁衣裳も見せていただいた。ムガシルクは黄金に輝く繭からとれると言うが、やや黄色みのかかった輝く生成り色で、赤い糸で手の込んだ模様が織り込んであった。同じデザインで木綿で織ったものをお土産に下さった。一角犀で有名な動物園を見に行かなかったのはヒンシュクものだった。

 犀は今朝、博物館で剥製を見た。博物館には鰐の剥製やたくさんの仏像、神像のレリーフを見た。アッサムの昔の暮らしのジオラマはおもしろかったのだが、館内はエアコンが無いので蒸し暑く、ほこりとカビの匂いで充満しているのには閉口した。アッサムには顔立ちが日本人に似ている人も多く、ヒンズー語は通じないようだ。英語もかなり訛っていて何度も聞き返したりした。でも、親切な人が多く、アショクホテルではメールも使えるし、電話がなかなかつながらないのと停電が多いのとタクシー以外は本当に良い印象だった。

6月17日(土)今日はカルカッタに向けて出発する。朝食はルームサービスでプーりを頼んでみた。以前カルカッタで町の屋台で売っているのを見て、一度食べたいと思っていた揚げパンのようなものだ。でも、期待に反してくどかった。ジャガイモとグリーンピースのカレーがついてきた。もちろん、アッサムティーとお湯も頼んだ。

 旅の荷造りをしているとビピンさんがやって来た。以前動物園に案内した日本人がチップにくれた500円玉2枚を持っている。外国の硬貨はスイス以外では換金できないと聞いたことがある。かわいそうなので千円札に換えてあげようとすると、パスポートを持っていないので、外貨をインド通貨に換えられないと言う。ルピーにすると400ルピーだ。500ルピー札しか持っていないと言うとフロントかどこかに走って持っていき100ルピー札5枚と換えてきたので、400ルピーを渡す。現地の貨幣価値では1万円以上は充分ある。これは彼にとっては結構な収入だ。大喜びで帰って行った。

 チェックアウトを済まし、お世話になったフロントのお姉さんに心からお礼を言う。ロビーのイエロー・キャブというタクシー会社に空港行きを申込む。行きより100ルピー高い350ルピーを請求される。帰りは空車で帰るからというのだが納得がいかず、5分くらい抗議したが値段は変わらなかった。45分で飛ばして行く。

 空港で搭乗手続きをしていたらイミグレーションにいたおじさんがノートを持って確認にやって来た。何か暢気な感じだが外国人は私たちだけらしい。荷物は3回チェックするので国内線でも1時間くらい前に行かないといけない。まずスーツケースをX線検査のレーンに通して封印してもらい、インディアン・エアラインのカウンターに行き、スーツケースを預ける。それから手荷物の検査と男女別に身体検査をしっかりされる。体中さわりまくられる。手荷物は口を開いて中身を見せる。それから、待合室で案内があるまで待つ。アナウンスで貨物室に積みこむ荷物がどれとどれか指差して確認させられる。搭乗案内で飛行機まで滑走路を歩いて行くのだが、タラップの手前でもう一度身体検査がある。女性用には簡単なついたてが用意されているが体を隠すには不充分な大きさだ。ようやく飛行機に乗りこむ。インディアン・エアラインズは国営だけあって、無愛想なスチュワーデスが投げるようにジュースを配って行く。1時間のフライトなのに軽食もでる。機内は冷房が寒い。

 プリペイドタクシーのことはすっかり忘れていたので、ターミナルの外のタクシーに料金を確認してすると100ルピーだと言う。ホテルまで1kmなので高いと思ったが、人と約束があるので乗っていくと降りる時に一人につき、100ルピーだと言いはる。頭に来たので、こんなに近いのに騙されないと言いあっていると”山口さんか?”とたどたどしい英語で尋ねるおじさんが来たので、タクシーは100ルピーであきらめて走り去った。慌しくチェックインを済ませて、ロビーに戻ると何とエアコン付の車で約束の知人に会いに行った。インド人らしく我勝ちにクラクションを鳴らして走る道をちょっと恐いなと思いながらぶっ飛ばしてNEW TEA社に行く。

 NEW TEAのブレンドティーは非常に良くできたブレンドでとてもおいしい。ヨーロッパ、北米、ロシア、中近東で沢山売れているのに、なぜか今まで日本には入ってきていなかった。思っていたよりも大きい会社で驚いてしまったが、今後ここから紅茶を買えることになった。1国1社としか取引しないので、頑張って売らないといけない。夜はパークホテルという帝国ホテルのようなぴかぴかに掃除が行き届いたホテルのレストランでご馳走になった。ここのメニューは他所の10倍くらい高いのだが、ダージリンを注文して出てきた紅茶がドアーズで不味かったので、インド人と3人で怒ってしまった。ここには土曜日だけディスコが開くらしい。社長の娘が伯父さんと従妹と来ていた。

 
6月18日(日)ホテルのフロントに前夜頼んでおいた無料のタクシーで空港に行った。またウンザリするセキュリティーチェックを受け、待ち時間に売店で缶入りの紅茶を買ったところ、それは手荷物で機内に持ち込めないと言わた。ナイロンの手提げに入れたまま荷物室用の荷物として手続きをしなおす。そして、朝早い便でムンバイ(ボンベイ)に向かった。ムンバイの空港は国内線と国際線が離れている。国際線の登場券を見せると国際線のターミナルまで無料のバスで送ってくれる。ストレスの多いタクシーに乗らないで済むのはありがたい限りだ。ターミナルから外に出るとポーターやらタクシードライバーがうるさいのでバスが到着するまでターミナルの出口で待っていた。

 ムンバイの空港では、今夜遅い便でシンガポールに向けて出国するので、荷物や町までのタクシーの乗り方など空港の管理官に質問に行った。荷物は手荷物あずかりに預け、タクシーで2時間の半島の先端部の街まで行けばよいといわれたが、”デリーでも、ガウハーティーでも、カルカッタでも、タクシーの運転手に騙されたので、長時間タクシーに乗りたくないので、もっと空港から近い繁華街でお土産の紅茶を買いたい”としつこく言い張ると、町の名前と紅茶屋の名前を書いてくれ、所要時間を教えてくれた。スーツケースを預け、プリペイドタクシーのカウンターで料金を払い、タクシーに乗りこんだ。でも、この運転手も道を間違えて50ルピー余分に払えと言い張る。わざと間違えてるのは明白なので”高すぎるのでそれは払えない”と言い続けていたら、追加30ルピーで諦めて走り去った。

 ヴィレ・パレ駅の周囲は活気に満ちた文字通りの繁華街になっている。果物や野菜の屋台も多く、どれもおいしそうだ。教えてもらったGIRNAR TEAと言う紅茶屋さんは清潔でモダンな店構えだ。高価なOPから庶民的なダスト、ティーバッグなどを売っている。見ているとほとんどの人がホテルダストを最高として数種類あるダストの紅茶を100g単位で買い求めて行く。紅茶の生産量と輸出量の統計を見ているとインドでは年々国内消費が増えてきているが、国内消費は相変わらずグレードの低いものに限られているようだ。

 テラスもあるカフェ風のお店を見つけたので、昼食をとろうと中に入ったところ、奥のエアコン付の部屋に通された。メニューを見るとインド人が考えるおしゃれなヨーロッパ風のメニューが並んでいる。隣の若い女性たちはピザもどきとコーラか何かを注文していた。ペーパードーシャとボンベイ風の焼きソバ、スイカ、パイナップル、ネスカフェを注文した。マンゴはクリームシェイクのようなものしか無いと言われ諦める。ドーシャは大きくてパリパリに焼いてありびっくりした。焼きソバは細いうどん状の柔らかい麺をピーマン、たまねぎ、にんじんの繊切りと塩胡椒トスパイスで薄味に炒めてあり、くどくなくておいしい。ネスカフェは温めた牛乳にインスタントコーヒーを振り入れたもので、コーヒーが溶けきらずに底に沈んでいた。ガイドブックの地図を見るムンバイには市内列車が3本走っている。このレストランで聞いてビレパレ駅からフォートと言う街まで行ってみることにした。始めはタクシーに乗れば簡単だと言われたが、”何度もも騙されたので絶対に乗りたくない”と言い張るとファーストクラスに乗れば良いと教えてくれた。

 ビレパレ駅に行ってみると切符売り場は現地語で書かれていて途方にくれていると、イタリア系アメリカ人らしき若者が”英語がちょっとしかわからない日本人観光客みたいですね。終点まで乗ってリキシャに乗れば簡単にフォートに行けますよ。電車の向きは指差す方向ですからね。”と親切に教えてくれた。切符を買って、駅の階段を上がっていくとホームが何本もありどこに行けば良いのかわからないモダンな格好の女の子に尋ねると自分たちも同じ線に乗るからと連れていってくれた。駅には改札が無い。ようやくファーストクラスと書かれた車両に乗り込むとドアが無く、素通しで、コンパートメントに分かれていて、となりの車両に移ることができない。そのせいか検札にも来ない。窓には格子がはまっており、天井に扇風機が回っている。各駅停車の旅の始まりだ。乗客は中産階級という感じ。鈴なりのセカンドクラスとは違い中はすいている。でも乗降口のバーにつかまっている方が涼しいせいかずっと立ちっぱなしも人もいる。出口にも改札はなかった。

 終点のチャーチゲート駅を降りたってリキシャ乗り場を探しながら、植民地情緒豊かな建物を見まわしているうちに、フォートに着いてしまった。ホテルかレストランで安全な飲み物が飲みたいと思って探しまわっていると、マクドナルドを見つけた。冷房のきいた室内席は満席だ。屋外席も掃除が行き届いていてインドとは思えない。ハンバーガーはベジタリアン用とノンベジ用に別れていて、インディアンベジーはカレーコロッケとレタス、マヨネーズを挟んだもので日本人には向かない味わいだった。ビッグサイズのコーラを飲み干し、コーヒーを追加するとやはりホットミルクにネスカフェをとかしたほとんどコーヒー牛乳のような物でがっかりした。

 帰りはやはりタクシーに乗りたくなかったので、壮大なヴィクトリア・テーミナルから空港に近いアンデリ駅まで鉄道で行くことにした。市内列車と長距離列車の駅が併設されていてどのホームから乗れば良いのかサッパリわからない。切符は2等車は5ルピーなのにファーストクラスは56ルピーもする。ちなみに女性専用車両ですと25ルピーだ。途中乗換えが必要とのことで列車の運転手に尋ねると乗換え駅と乗換え駅までの所要時間を教えてメモに書きとめてくれた。でも実際は乗換えは2回必要で乗換え駅が見つからず、車内やホームの人に尋ね尋ね行った。窓に鉄格子がはまった車内は暗くて暑くて時間のかかる各駅停車の旅だった。携帯電話を持っていたり、金縁めがねか革靴を靴を履いている人に質問すると親切に教えてくれ、その人が知らなくても通りすがりの人でその駅に行く予定の人が連れていってくれた。中産階級以上の人は本当に親切に対応してくれる。日本人だったら見てみぬふりをしがちだが、自分がどうしたいかを言えば、親切に答えてくれるので本当にありがたいことだ。アンデリ駅で線路のどちらがわの出口をでれば空港に近いかを尋ねたら、こちらの出口で降りてリキシャに乗りなさいと教えてくれ、私たちがモタモタしていると、オートリキシャを停めて行き先を告げておおよその金額も教えてくれた。

 空港の土産物屋で簡単なお土産を買い、シンガポール航空の搭乗手続きの始まるのを待った。スーツケースを預け、手荷物をX線検査を通して、セキュリティーチェックはそれでおしまいで拍子抜けする。長々と寝そべれる椅子で搭乗案内があるまで待った。

6月19日(月) いよいよインドを後にして、未明にシンガポールに向かう。疲れたのでただ眠いだけ。早朝、シンガポールに到着し、トランジットホテルでお風呂に入って仮眠した。2時に起きて、無料バス旅行に行くかどうか迷ったが、タクシーで町に出て、ラッフルズ・ホテルでハイティーを楽しむことにした。

 ラッフルズホテルのTeffinでのハイ・ティーは日本人でいっぱいだ。ウェイターのサービスは一流だが、紅茶も食べ物もちょっと期待はずれだった。ダージリンもグレードが低い。でも、時間をかけてゆったりした時を過ごした。
 深夜日本人ばかりの飛行機に搭乗する。

6月20日(火) 朝、名古屋空港に着く。荷物を受け取り、出口に向かうと”最近空港周辺でタクシーの悪質な客引き行為が増えています。”という張り紙を見つけ、ヤレヤレ”どこでも、雲助タクシーか”と思った。

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